日本語母語話者とアラビア語母語話者の謝罪行動の対照比較研究―母語場面及び日本語接触場面における謝罪規範に焦点を当て―
Date
2024-03-01
Authors
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Publisher
Tokai University
Abstract
本研究は、日本語母語話者(以下日本人)とサウジアラビア国籍を有するアラビア語母語話者(以下サウジ人)が謝罪を行う・受ける際に、どのようなことを意識するのか、そして意識の有無によって実行される謝罪に差が見られるのかを明らかにし、日本語とアラビア語の謝罪に対する考え方を対照比較することが目的である。そのため、日本語母語場面とアラビア語母語場面、そして日本語接触場面で被調査者が指定された謝罪に関する項目を意識するのかをアンケートで確認した後、Neustupný(2003)の指摘に基づきアンケートと同様の結果が実際の会話でも現れるのかをロールプレイで検証した。
本研究で取り上げる謝罪会話場面のテーマは「遅刻」という過失を選定した。その理由は日本とサウジアラビアの両国でコミュニケーション上の問題になりえる認識されているだけでなく、両国で時間に対する捉え方が違うからである。場面の設定は、ポライトネス理論に基づき、設定された。同理論では、力関係、親疎関係、負担の度合いという変数が会話に影響を及ぼすとされているため、この変数を考慮して場面を設定した。具体的には力関係は友人同士、親疎関係は親しい間柄、負担の度合いは15分程度の遅刻と1時間程度の遅刻と異なる2種類を選定した。
本研究では分析の枠組としては、言語管理理論及びフォローアップ・インタビューを用い、分析の対象となる謝罪に関するデータはアンケート調査及びロールプレイ調査で収集された。
4章で明らかになった日・サ被調査者の謝罪発話の特徴は次のとおりである。1つ目は、日・サ被調査者ともに「謝罪」「説明」「責任」「補償」を被謝罪者の立場よりも謝罪者の立場で強く顕在化させる傾向が見られた。2つ目は、被謝罪者の立場に置かれた日・サ被調査者は、それぞれの母語場面よりも日本語接触場面で、「謝罪」「説明」「責任」「補償」を不要だと捉え、「許容」を必要だと捉える傾向が強かったことである。このような母語場面と接触場面では顕在化される規範の強弱が異なるという傾向は、Neustupný(1985b)や加藤(2010)も報告しているが、本研究でも同様の傾向が見られたといえよう。3つ目は、サウジ人の場合、場面の負担度や国籍、立場に関わらず、「許容」の必要があると捉える傾向が強い。
5章で日・サ被調査者の謝罪発話の特徴は明らかになった特徴は以下の通りである。1つ目は日・サ被調査者ともに「謝罪」「説明」「補償」を被謝罪者の立場よりも謝罪者の立場で強く意識し、被謝罪者の立場では負担度に関わらず「許容」する傾向が見られた。また場面の負担度が増加するに比例し、各ストラテジーを必要だと認識する傾向も確認された。2つ目は「責任」についてである。日本人はこのストラテジーを被謝罪者の立場よりも謝罪者の立場で強く意識していたが、サウジ人は「聖典言行遵守規範」を顕在化・適用させ「責任」を不要だと捉える傾向が見られた。3つ目は「許容」についてである。日・サ被調査者ともに場面の負担度が小さければ「許容」する傾向が強いが、負担度が大きくなると日・サ被調査者の間には異なる傾向が確認された。4つ目は、全場面を通じて日本人が最も必要だと捉えていたストラテジーは「時間厳守規範」を強く意識したため、「謝罪」であった。一方サウジ人が最も必要だと捉えていたストラテジーは「過失原因理解規範」を強く意識したため、「説明」であった。5つ目は、日・サ被調査者ともに「相互扶助規範」が適用されると「謝罪」、「説明」、「補償」を不要だと捉え、「許容」を必要だと捉える傾向が確認された。
6章で日・サ被調査者の謝罪発話の特徴は明らかになった特徴及び両母語場面と日本語接触場面における謝罪発話の相違点は以下の通りである。1つ目は、日・サ被調査者ともに「謝罪」「説明」「補償」を被謝罪者の立場よりも謝罪者の立場で強く意識し、被謝罪者の立場では負担度に関わらず「許容」する傾向が見られたことである。また「責任」に関しても、日本人は被謝罪者の立場よりも謝罪者の立場でこのストラテジーを強く意識していたが、サウジ人は全員が「聖典言行遵守規範」を顕在化・適用させ、このストラテジーを不要だと捉えていた。さらに「許容」に関しては、日本人は日本語母語場面よりも必要だと捉えるが、サウジ人の場合はアラビア語母語場面よりも不要だと捉える傾向が見られた。5章の結果と類似しているが、しかしながら、規範に対する意識には強弱が見られた。具体的には、日本語母語場面と日本語接触場面を比べると、後者では「留学生は日本人ほど時間に厳しくないだろう」という期待の影響を受けて、各項目を不要とし、「許容」を必要だと捉える傾向が見られた。また日本人の場合、日本語接触場面では日本語母語場面よりも謝罪ストラジーを不要だと思う傾向が強く、必要だと思ったとしても「④:非常に思う」ではなく「③:思う」を選択する傾向が見られた。これは、日本語接触場面で「留学生は日本人ほど時間に厳しくないだろう」という期待が適用されたことにより、日本語母語場面よりも規範が緩和されていたからだと考えられる。一方アラビア語母語場面と日本語接触場面を比べると、日本語接触場面では「日本人は時間に厳しいだろう」という期待の影響を受けて、各項目を必要だと捉える傾向が見られた。さらにサウジ人の場合、アラビア語接触場面では日本語母語場面よりも謝罪ストラジーを必要だと思う傾向が強く、アラビア語母語場面では「不要」だと捉えていたストラテジーが、日本語接触場面では「③:思う」を選択する傾向が見られた。これは、日本語接触場面では「日本人は時間に厳しいだろう」という期待が顕在化・適用されたことにより、アラビア語母語場面よりも規範が緩和されていたからだと考えられる。3つ目は日本語接触場面で日本人が顕在化させていた「時間厳守規範」や「負担度考慮規範」、「過失補填規範」などの規範は、「留学生は日本人ほど時間に厳しくないだろう」という期待の影響を受けて、日本語母語場面よりも緩和されて顕在化されていた。また、「過失原因理解規範」は「留学生は日本人よりも理由を重要視するだろう」という期待の影響を受け、日本語母語場面よりも強化されていた。さらに「時間厳守規範」はアラビア語母語場面では確認されなかったが、日本語接触場面の場合「日本人は時間に厳しいだろう」という期待の影響を受けて、顕在化されていた。4つ目は普遍的な規範の存在についてで、5章同様、6章の調査でもサウジ人全員が「責任」を全く不要だと認識していた。これは「聖典言行遵守規範」が当該談話で適用されていたからだと分析した。そしてこの規範は信仰心と深い関わりのある規範であることから、敬虔なムスリムであれば、誰でも有している規範だと考えられるよう。
そして最終章では、本研究で明らかになった知見をどのようにして日本語教育に応用するのか、その方法ついて述べた。今後の課題としては、性差や親疎関係や上下関係及び負担度を変えた場合を考慮する必要がある。
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Keywords
キーワード: 謝罪会話 対照比較 接触場面 規範 言語管理理論